社会人の「勉強の方法」ではなく、まずは「読解力」、次に勉強を継続するための「原動力」は、「好奇心」です。

社会人の「勉強の方法」ではなく、まずは「読解力」、次に勉強を継続するための「原動力」は、「好奇心」です。

書籍を読む事を中心に「勉強」と云うと、「勉強の方法」は何か? 。。。いえいえ、発想が違います。

社会人の「勉強方法」と言いますが、まずは、自分をベンチマークしてみることから、始めたほうが、これからどうしてゆくべきか、どのレベルからやってゆけば良いのか、理解できるのではないでしょうか。

何が、言いたいかといえば、自分の「読み・書き」の学力のレベルが、どのくらいのレベルにあるのか?人それぞれ、どうしようもない、「学力差」が有るものです。

書籍から知識を吸収したいのなら、まずは「読解力」などを身に付けることです。

たくさん本を読んでも、人によっては、理解力(読解力)が足りないことが原因で、せっかく読んでも、身に付くことが少ないのではないでしょうか、特に、若いころから、読書の習慣の無い人、お勉強ができなかった人は、「読解力」を身に付けるのが先でしょう。

効率よく勉強する方法? そんなの無いのです。 まずは自分の基礎学力が、どのくらい身についているかです。


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1)ベンチマークの方法

一番、分かりやすいのは、大学入試の国語の「読解力」関連の問題を解いてみれば、自分が、どんだけ、書籍を読んで理解できるかどうか。。。。自分の「力」がすぐにわかります。

社会人になって、10年くらい経って、大学入試の国語の「読解力」レベルで、30点、40点では、ちょっと程遠いでしょう。せめて、70点、80点くらいとれなければ。。。ね。

ここで、自分の力が、判明して、「低レベル」の場合は、まずは、読書の習慣を身に付ける必要が有ります。

私も、全然、大したことないのですが、よく「空気を読むな、本を読め」と、簡単に、他人に云いますが、読んでも「身」にならない、「無駄」なことになる人に言っても、無理なんだなと思います。

2)「読書の習慣を身に付ける」。。これが、中々できないのです。

「勉強の方法」では無く。。と云ったのは、「勉強の方法」よりも、まずは「読書の習慣を身に付ける」方が先です。

暇があると、ついつい、マンガを読んだり、ゲームをしてしまう「生活習慣病」を治してからです。 そして、その次に「勉強の方法」です。

毎日、忙しくて、「読む時間がない」と言い訳けをしますが、マンガを読んだり、ゲームをしてしまう時間を読書に振り向ければいいのですが、これが出来ないのです。

「生活習慣」としての読書の習慣を身に付けた後に、「勉強の方法」が始まりますので。。

どうやって、勉強しようかではなく、「生活習慣病」を断ち切って、「好奇心」を持ち続けることでしょう。

小学生、中学生、高校生ではないのです。

よくこんな事を云う人がいます「学校で習ったことって、社会であまり役に立たないよね!」って、お「バカ」でしょう。

なぜ、お「バカ」かと云えば、学校は「知識」を学ぶためだけに存在していません。大切なのは、好奇心を養ったり、色々な「問題」を解く為の方法を学習するのが大切だと云う事が、分からないまま、卒業してしまったことです。

そして最後に、こう言います「何も教えてくれなかった」と。。。本当にお「バカ」でしょう。

こうして、自分で学ぶことを「放棄」した、国民が多勢に無勢で増加してゆきます。

テストの前に「徹夜」で勉強しても、一時的に「海馬」に記憶されるだけで、一か月で、覚えた知識は、確実に忘れてしまいます。 何故なら「海馬」は一時記憶装置ですので、何度も繰り返して覚えて、初めて「海馬」から「大脳皮質」に情報が保存(記憶)されますので、「一夜漬け」では泡のように忘れてしまいます。

「海馬」から「大脳皮質」に情報を送り込んで記憶しないような「生活習慣」で暮らしているから「バカ」なんですって。

3)お勉強ができない原因、「読解力」が身に付いていない

社会に出てから、勉強しようとした時に、困るでしょうね。

結局、身についていないと。基礎的な「読み・書き・そろばん」の能力から、鍛えながら、勉強してゆかなければならないので、大変ではないでしょうか。

Fランク大学を除く、大学までちゃんと勉強してきた人たちは、この基礎力が、ものを認識する力を身に着けていますので、あとは、自分の興味のあることを勉強すればいいだけです。

・高校生で、勉強を終えてしまった人、
・大学まで、ちゃんとお勉強してきた人、
・大学も、偏差値が低く、大して勉強しなくても、入学できて、大して、勉強もせずに卒業できてしまって、社会に出てしまった人

など、色々な生き方がありますので、実際に書籍を読んで勉強しようとしても、「読解力」が多分、ぜんぜん違うでしょう。

同じ、教室で、勉強していても、テストの成績が、ぜんぜん違うのは、基礎学力はもちろんそうですが、基本的に教科書 文章を読んでも、書いてある内容が、理解できないから、テストの点数が低かったんでしょう。

文章の「読解力」は、主に国語でしょうが、他の科目も、何が書いてあるか理解できないから、テストの時点数を取れないのですよね。

一応文章を読むことも、音読することもできる、つまり「文字として読めてはいる」けれど、「読解は全く出来ていない」状態が、理解されていないのも問題があります。

大学入試まで、ちゃんと勉強して、良い成績を取れた人は、頭が良いとか、悪いとかではなく、地道に、基礎学力を身に着けて来たからではないでしょうか。

この「読み・書き・そろばん」の力は、「知識」ではなく、「能力」として、世の中に出た時に、ちゃんと役に立っているのですが、生徒、学生時代に、怠けて、または、そのレベルまで、達していない状況で、社会に出てしまうと、この「基礎学力」が、身についていません。

4)「読解力」を身に付けるには

大体は、効率の良い勉強方法を探そうとしますが、まずは、勉強の方法ではなく、「基礎学力」が身に付いているかどうかです。

小学生、中学生、高校生の頃から、30歳過ぎても、マンガの本ばかりしか読んでいないと、まとまったページの書籍を読んでも、頭の中にちゃんと内容が、中々、入らないように思います。

読み・書きの「基礎学力」です。

昔、新聞の社説をまとめる訓練をした覚えがあります。
人の書いた文章やコンテンツ(番組)をまとめてみるのは、新聞の社説をまとめるよりも、大変ではないかと思います。

せっかく読書したり、ためになる番組を観ても、何が言いたいのか、なるべく正確に「認識」できるかどうか、訓練するためにも、メモを取ってまとめるのも、他人の作ったコンテンツ(番組)をどれだけ理解したかを推し量る練習になります。

NHKなどで、良い番組が沢山あります。 鉛筆とメモ用紙を持って、テレビを観ながら、メモを取ればいいだけです。 まとめは、後からでいいんです。

ちゃんと、自分で理解できるようにまとめられれば、OKです。

NHKの番組は、ほぼ、再放送が有りますので、「まとめ」が上手く行かなければ、もう一度、観れば、できますので便利です。

5)面白そうだなと思って、購入した書籍を読んでも、「語彙力」がなくて、書いてある内容が頭に入ってこない時が有ります。

そうです。最近もあったのですが、言葉って、自分で、あまり聞いたことのない、認識していない「語彙」が多く書かれていると、頭の中に「概念」が浮かんでこなく、読んでいて「迷子」になってしまいます。

そんな時は、単語を調べて、もう一度、読み返して、認識しようと努力しますが、それでも分からない、理解できない時は、読むのを止めて、悔しいですが、捨てるのではなく「積読」状態にしておきます。

もう少し、頭の中に「知識」が入ったら、もう一度、読み返してみようと。。。

年間、百数十冊読みますが、1、2冊はこの状態になることが有ります。 悔しいですが。

6)勉強を継続するための「原動力」は、「好奇心」です。

「勉強の方法」ではなく、まずは「読解力」、次に継続するための「原動力」は、「好奇心」です。

社会人になってからの「勉強の方法」は簡単です。 「原動力」は、好奇心です。

自分が「興味」がある事、「疑問」に思う事をその都度、どんどん調べてゆけばいいだけです。 これも、世に中に「興味」も無く、何も「疑問」に思う事も無いのは、これもまた「生活習慣病」の様なもので、どうしようもありません。動物の様に生きてゆけば良いだけです。

「原動力」は、好奇心、知りたいと思う気持ちと、どこまで知ろうとするかのモチベーションでしょう。

7)社会人になれば、例えば、何かの「資格」を取るための勉強は別として、「教養」を身に付けるための勉強は、効率が悪く、無駄が有ってもいいんです。

小学生、中学生、高校生ではないのですから、先生が、手取り足取り教えてくれることを期待しないことです。原動力の「好奇心」と云う楽しみが有ればいいだけです。

私などは、「自分って、何者?」と云う好奇心から、始まっているように思います。

人類が、二足歩行をするようになってからの「進化」や、どこから来たのか、人類学と歴史、人間の脳のネットワーク、構造、仕組みなど、興味が尽きません。

まだ誰にも分からない事。。。「意識」とは何か? どこにあるのか?

蛇足

「金持ち喧嘩せず」と言いますが、何故か?

喧嘩をして、他人に嫌われたり、恨まれると、全力で「持てない者が、財産を奪いに来るからです」 財産はすぐに奪われたり、火を付けられて燃やされたりてしまいますが、頭の中の知識や教養という財産は、誰も奪うことはできないでしょう。 殺されたり、ボケて消えない限りは。。。。

私など、金目の「財産」など、有りませんので、誰に嫌われても、何も怖くありません。他人に奪われるものは、「命」以外、ほぼ、ありませんので、全然、平気です。

ですので、他人の「不都合な真実」は、平気で言えます。

参考記事
「問題文を読んでもそこに何が書かれているのかわからない」子を教えていた時のお話


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