2020年から始まるプログラミング教育で、なにが、どう変わるんでしょうか?

2020年から始まるプログラミング教育で、なにが、どう変わるんでしょうか?

この歳になって、まだ、プログラミングをする機会が、まだ、ある私ですが、プログラミング教育で、「おチビ」たちに、何を教えたいのか? 本当にこれで良いのか?ということを経験から考えてみたいと思います。

「プログラミング」は新たな教科になったわけではない。小学校の新学習指導要領では、

  • 従来教科(算数・理科など)でプログラミングを実施する
  • 総合的な学習の時間の時間でプログラミングを体験する

といったことが示されている。
全学年全教科で取り入れることを推奨しているが、具体的な内容や時間数はカリキュラムマネジメントとして学校の裁量に任され、プログラミング言語の種類や教材の指定もない。

まさか、いきなり「プログラミング」を教えるのではなく、教科化はせず、総合的な学習の時間や算数、理科などの既存の科目を活用する予定だそうです。

多分、世のお父さん、お母さん達には、何のことだか? 分からないでしょうね。。。

1.自分の経験から言えば

1)私がプログラミングを習い始めの頃 、全く理解が出来ないでいました。

いやー参ったな、この先、大丈夫かな?。。と思うほど、少し、イライラしていました。そんなある日、一人でバイクで林道を走っていて、自爆事故を起こし、右肩の靭帯を損傷して、病院で手術を受けて、1周間ほど入院していましたが、入院中にすることがなく、何度も簡単なプログラムを複数コーディングしていました。

なぜ、理解できなかったのか?

仕組みが理解できなかったのかと思います。どんな仕組みかと言えば、どう記述すると、どうプログラムが動いて計算してくれるのかが理解できなかったのだと思います。

この仕組みをなぜ理解出来る様になったのか、と言えば、何度も簡単な処理のコーディングを繰り返してノートに記述していました。  一ヶ月くらいかかりましたが、ある日突然 仕組みが理解出来るようになったのですよね。 パターンを覚えたのかな? とも思いました。

ひらめきのように、ある日、突然 大脳内の断片的な記憶(情報)が繋がったのでしょうかね?とにかく、簡単なプログラムなら、もう口頭で説明されただけで、組めるようなったのだけは確かです。

このレベルまでは、誰でも、ちょっと苦労すれば、出来るでしょう。 問題はこの先です。

2)ただ、コーディングするテクニックを覚えた、身に付けた、だけかもしれません。

「プログラミング思考」ができる様になったから、コーディングできるようになったとは、あまり、そうは思えないのです。

できる様になったのは、「プログラミング思考」ができるようになったからだ。。。と言いずらいように考えます。

この業界いれば、分かっていると思いますが、知能指数(IQ)の高い人間には、敵わないのです。 恐ろしいスピードで上達して、あっという間に抜き去ってゆきます。

更に言えば、シリコンバレーでも、そうですが、「自閉症」タイプの人間に敵わないのです。

Googleの「ハッカソン」に出場するレベルでは無くても、出来る人はできるのです。

日本のコンピューター業界に就職しても、コーディングレベルで優れたエンジニアが活躍できるのは、今までは、ゲームソフトの業界ぐらいで、あとは、今の業務管理システムレベルでは、構造化プログラミングでシステムを構築してゆくので、そんなにスキルが無くても、まとめることができる人間が優秀ならできてしまうでしょう。 納期の問題はさておいてでもです。

2.「論理的思考」ができるように、「プログラミング思考」を教える必要があるのでしょうが、それが正しいのか?

先生たちも知らない、プログラミング思考を生徒たちに、うまく伝えることができるのかは、非常に疑問ですが、論理的思考を教えるのに、先生たちが知らない「プログラミング」で、どうのように、プログラミング思考を教えて、「論理的思考」を身につかせるのか?

「高度」過ぎて、私の頭では、理解不能です。。。。。何か、別のツールは、ないのでしょうか? 危険すぎると言うより、無駄な気もしますが、いかがでしょうか?

プログラミング教育は、算数や理科、総合的な学習の時間など、すでにある教科の中で実践されることになっています。

と言われていますが、

はて?、現状の教育現場の中で、「論理的」にもの考える訓練をしているんでないんですか? と言いたい。

知識を覚え込ませるだけが、教育ですか? もともとの教育方針が間違っているのでは?。。と不信感で一杯になります。

本も読まない、「バカマンガ本」と「バカゲーム」に夢中の「腐れガキ」が、大量発生しているのは、野放しで良いのか?

誰に???「論理的思考」を教えるんじゃ!  その前にやることが、まだ、沢山あるんじゃないの。。。と言いたい。

本当に少数の知能指数(IQ)の高い人間の中から才能を発掘し、能力を伸ばすには、良いシステムになるのではと思います。

3.大体、プログラミング教育をしないと、「論理的思考」が身に付かないのでしょうか?

それより、もっと重要な事が、今や身の回りでコンピュータが入ってない家電や機械はありません。
例えば、文字を読んだり書いたりすることと同じように、コンピュータの仕組みを知ることが、生きていくのに最低限のスキルになると考えられます。これらを知らないことは、子どもにとって不利益だと言えるでしょう。

しかし、今の現状は、
今も働き方改革などと云っていますが、コンピュータさえ使いこなすことができず、効率の悪い仕事をしている労働者など、ごまんといます。

確かに、今もそうですが、高度な「情報化社会」になってくれば、「教育」で補うしか方法が無いように思いますが、社会のニーズにあった都合の良い人間に育つのか、そうではない生き方も選択できる社会のほうが、まともなような気もします。

4.意外と多い「パソコンを理解できてない人」が、世の中に多く存在しているのです。

1)「理解できていない人」方たちが多勢に無勢で存在している

色々な会社を訪問している経験上、「理解できていない人」方たちからの一番多い反応は、「私には、そこまでパソコンを使う必要ないから」、「あなたの様に専門家ではないから」という、何とも言い訳にならない言い訳が、平然と返ってきます。

使っていない人は、その便利さを知らないから「必要ない」と思っているだけなのです。

そして、こう言いたくなるのです。
「おいおい、いま会社で使っているのはパソコンでは?」そして、「使い方が分からず、困っているのは誰だ?」となるのです。

激しく、論理的な矛盾を抱えている事さえも、理解できないのです。

分かりやすく云えば、
「バカ」と言われている人たちですが、多勢に無勢を占めていますので、横並びに周りの人間を観ても、同じ「バカ」ですから自分が「バカ」だ!!という事さえ気が付かないのです。自分は、「普通」だと思い込んでいるのです。

「どういう仕組みになっているのか」、「なぜそういう結果になるのか」といったことを知らなくても、私たちは生きていくことができますが、多分、頭の良い人は、いつも、それを知ろうとする「心」がある方なんでしょうと思います。

物事を「概念」で理解できない人たちも、多勢に無勢を占めていますので、この様に説明しても、理解できる人が、何人いるのか心配になりますが、取り合えず「分かる人だけ、分かってもらえればいいか。。。」という思いです。

2)誰が教えるのでしょうか?

「教員の活用スキル不足」で、タブレット端末が、学校で浮いている状態なのに。。

この時代でも、プライベートでパソコンやスマホを使っていない教員も少なくない状態で学校の先生には、無理でしょう。。。。

※子供たちより、地球100周分くらい遅れている「教員」をどうするのか?
どうやって、子供たちに指導するのか、どこまで従来の授業内に盛り込めるかについても疑問が残ります。

※子供たちより、地球100周分くらい遅れている「両親」をどうするのか?
今時、スマホやコンピュータさえ、使いこなせない、両親のいる家庭で、どうやって環境づくりをするのか? 「親」に興味のない物を子供にどうやって興味を持たせることができるのか?

5.社会状況の変化が、将来どうなっているのか?

仕事がどのように変化しているのか? ちゃんと予測が付いていれば、間違いが無いでしょうが、だいたいこんな感じ。。。で、方針が決まっているとしたら、大きく、間違ってしまう可能性があります。

1)「おチビ」たちが大きくなって、社会に船出するころの社会状況、

大体、人工知能(AI)が、あと、20年後くらいに、部分的な機能では、今でも人間を超えているでしょうが、総合的には、まだまだ人間を超えていないでしょう。

後は、経営者の選択で、「もう来なくてもいいよ」と言われる人達ちは増えてくるでしょうが、ショボイ「人工知能」でもできる仕事を奪われた労働者は、どんなふうに働けばいいのでしょうか。 今さら、職を変えようとしても。。。ショボイ「人工知能」に仕事を取られてしまうのですから。。。。難しいでしょうね。

どのように発達しているのか? 部分的な機能では発達していますが、未だ予測値でしかありません。 20年後でも、AIが人間に近づくことは、あっても、それは、2020年から始まるプログラミング教育で、なにが、どう変わるんでしょうか? 全く、不明ですね。

2)人工知能に任せるのなら、何も、覚える必要なんて無いでしょう。 

色々な機能を開発するために、これから、もっと、人材が必要になるということは、明らかです。 まだまだ、人工知能に任せる部分ができても、総合的なことは、まだ、無理だから、これから、人間に替わる単機能を多数開発するのに人材が必要なのかと思います。

そんな意味では、ある程度の人数は必要ですが、日本の学校教育法の常識では出来ない、飛び級制度など、できる、能力のある人材を特別に、能力を伸ばす為の制度も取り入れたほうがいいのではと思います。

小学校で、全員にプログラミング教育によって、「論理的思考」を身につかせるのは、本当に、効率が良く、効果的な方法なのでしょうか?

6.これからの「学校教育」で大切な事

これからも、後からも無いのですが、学校を卒業したら、もう勉強するのは、もう「お終い」と思っている、そう行動している「バカ」があまりにも多いという事です。

この「バカ」の量産をどう食い止めるかです。

毎日、仕事から帰り、風呂入って、酒飲んで、飯食って、テレビを観てバカ笑いして、糞して、寝るだけの生活しかしていなければ、簡単に「バカ」になれちゃいます。

たまに「腐れ生意気なことを言う」が、テレビやネットの受け売りでしかない。

学校を卒業してからが、勉強です。 教えてもらう勉強がもう終わっただけです。社会に出たら、自分で勉強する段階に入っただけです。

社会に出たら、自分で勉強する段階に入っただけです。

「働き方改革」とか、ほざいていますが、企業の問題では無く、まず、この様な「バカ」をどうするか、どう評価するか、から始めましょう。

「論理的思考」と「プログラミング的思考」を子供たちに身に着けさせる前に、子供たちに、親たちに、「トラウマ」になるくらい認識させないと。。。子供は親の背中を見て育ちますので。

空気を読むな、本を読め!」といっても、小さい時から「マンガの本」しか読んでいない世代など、読解力reading comprehension)が身に付いていないと、社会に出てからの勉強が、いくら「向上心」が有っても、なかなか進まないでしょう。


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