【書籍紹介】 「怖い凡人」 片田 珠美 (著)と「人間の弱さと愚かさ」についてです。

本日の書籍紹介は、「怖い凡人 片田 珠美 (著)と「人間の弱さと愚かさ」についてです。

札幌も恒例の「よさこい」が終了して、やれやれです。
3日間あるチームの写真を撮るために会場を走り回っていましたので、ちょっと疲れました。
札幌は、日中暑くも無く、朝・晩ちょっと寒いくらいの気候で、今頃の季節が観光するには一番良いように思います。

今回は、「人間の弱さ、醜さ」と云う、誰も触れられたくない問題だが、何とかしなければならない問題について、記載してみます。

1.一番多かった記事

さて、「よさこい」の写真撮影で手がいっぱいの為ブログの更新ができませんでしたが、日々のニュースだけはチエックしていました。「Googleアラート」で、ニュースサイトの記事をキーワードを設定して、Gメールで受信して、毎日チェックしていす。

1)児相の問題

先週あたりでは、キーワードで云えば「虐待」が一番多く、ちょっと前までは千葉県野田市の小4女児の死亡が報道されていましたが、今度は札幌市の幼児衰弱死の事件で「児童相談所」の体たらくぶりが、報道されていました。児童相談所のだらしのなさ、罪深さは、今始まった事ではなく、常習的で犯罪に近い状態です。

児童福祉司」とは、相談所に配属された人間の職名であって、専門家ではないそうです。 地方公務員試験を受けて役所に入った普通の公務員が、児童福祉司として、人事異動で、簡単な研修を受けて配属されるだけの地方公務員で、数年したら、他の職場に移動するような職だそうです。 言わば、素人の集まりで、プロフェッショナルはごく一部です。

■告発 児童相談所が子供を殺す (文春新書)

問題のある親から子供を避難させたあと、脳の配線がおかしい親が怒鳴り込んできて、それが怖い? バカか。 お前たち、どんな仕事をしているのか分かっていないだろう?と思うのですが、間違っていますか? 脳の配線がおかしい親と戦う「戦場」でしょう。 戦場にいたくないなら、さっさと辞めろ。 役立たず。

臨検」という行動も取れるにも関わらず、怖気づいて実施しない。

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ETV特集 「私たちは買われた~少女たちの企画展」が、放送されたのを観ました。

気の小さい人間ばかりなら、元マル暴の退職者を置いて、子供の面倒を観る係と、脳の配線がおかしい親と戦うスタッフをちゃんと分けて、警察と連携するべきです。

大体、普通の公務員「児童福祉司」が、チンピラみたいな親と対戦できる訳が無いでしょう。現場を知らない官僚と政治家の問題でもあり、「想像力の欠如」以外何物でもない。

この問題は、直接、虐待した親の問題とは別に、議論すべき問題ですが、児相、教育委員会などの集団的な「共謀」という悪も潜んでいます。

2)親の問題

虐待した親の問題は、母親がいたのに、なぜと思うのですが、母親が共謀したのは3つの要因があると言われています。
1)思考停止
2)想像力の欠如
3)自己保身

国家レベルの話では無く、家族と云う最小単位の集団の中でも発生してしまう、凡人たちの悪行の数々、これさえまともに、止められないのです。自分の子を産んだ母親でも、「頭の配線のおかしい、人間のクズの様な奴」に、簡単に、洗脳されたり、支配されてしまう。

はたまた元々、生れつきか、養育環境が劣悪だった場合も、母親の頭の配線が、おかしくなることが十分に有りうるでしょう。

3)上記の2つの要因が上げれていますが、他にも要因があるように思います。

誰一人、同じ人間が居ないのは、一人一人、脳(頭)の配線構造が、生れ付きや、生後の養育環境により変化してしまうのです。

そうです。この上記の3つ以前に、発達障害、愛着障害、人格障害をもった人間たちが、世の中に数多くいるのです。

思考停止、想像力の欠如、自己保身などと云う、事後的なレベルの問題点ではなく、この様な状況になってしまう理由の一つに、心が病んでいる、障害を抱えている人間が多数いるという事を忘れています。

問題点を云う前に、なぜこのような「脳」をした親が出現してしまうのを問うべきなのです。

2.全体主義的な国家レベルでの「怖い凡人」

支配する「凡人」、支配者に加担する「凡人」、支配されて善と悪の区別がつかない「凡人」、この世で一番、愚かで、弱い生き物について、ちょっと考えてみましょう。

■怖い凡人

– 目 次 –
第1章 悪をなす凡人
第2章 ヒトラー的支配者
第3章 なぜヒトラーになれたのか
第4章 アイヒマンを育む土壌
第5章 凡人が怖い存在になるとき
第6章 怖い凡人から身を守るために

「初めに」に書かれた文章ですが、トップに立った凡人と、この頭の配線のおかしい凡人の言う通りに動いたナチスの「アイヒマン」や、どこにでもいるアイヒマン的な「凡人」など、自分たち自身の弱さ、愚かさを描いている書籍です。

1)クズ同然でも、トップにのし上がる秘策

社会の中に色々な組織があるが、よーく見ると「なんでこんな平凡な人が?」と驚くような人物がトップに立っている事がある。 「なんでこんな平凡な人が?」とさえ評価することのできない「凡人」以下の人間もたくさんいるが、そのようなトップに限って、「ワンマン(独善的)」で、自分の言う事を聞かない部下を排除する。

凡人が、トップにのし上がるのは、大抵、上司に無批判に服従してきたからである。

いわば、上司にとって都合の良い部下だったからこそ引き上げてもらったわけだが、こんなケースは枚挙にいとまがない。

クズからのし上がると、同じように都合の良い部下を集めて支配して、同じことを繰り返す。

2)「アイヒマン」や、「ハンナ・アーレント」について

アイヒマン」の事や、ハンナ・アーレントの「エルサレムのアイヒマン」を知らない方には、何の話かも分からないでしょうから、参考までに下記の書籍を紹介します。

ハンナ・アーレント 、エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告

 

1963年、ハンナ・アーレントは、何百万人ものユダヤ人を絶滅収容所へ送り込むのに大きな働きをした元ナチス親衛隊の中佐「アドルフ・アイヒマン」を裁くエルサレム法廷を記者として傍聴し取材した。

その中で、アーレントは、証言するアイヒマンを観察して、彼は極悪人でもサディストでも、反ユダヤ主義者でもなく、出世欲と虚栄心の強い、思想の無い、悪についての想像力に欠けた、小心で有能な官吏でしかないと断定した。

そして、彼の行状を「悪の陳腐さ」と表現した。アイヒマンのような大勢の「小物」の官吏が、命令に忠実に、黙々と業務に励むことで、ユダヤ人数百万人を絶滅させるという巨悪をつくり出せた事実こそが重大な問題であると指摘した。

また、数百万人の殺戮が可能になった背景には、ナチスに協力した多数のユダヤ人の存在があったことを彼女は暴露し、追及した。各国のユダヤ人社会の指導層やゲットーのユダヤ人警察官、収容所内の看守や作業員が様々な理由で、ユダヤ人の移送や収容所の運営に協力した。その忌まわしい事実の告発はユダヤ人社会の激しい反発を招いた。アーレントは、これは単にナチス対ユダヤ人の問題にとどまらず、全体主義の体制においては被害者が支配者に協力する仕組みが生まれ、それが巨悪を推進すると喝破したのである。

人間はあらゆる状況においても善悪を判断する能力を持っていなければならないとアーレントは説くのであるが、人間は、どうしようもなく弱い生き物で、自分の身を守る為なら、いかなる悪にも屈してしまうのです。 屈しなければ、自分自身が殺されるのですから。

第二次大戦が終了してから、大きな戦争は起きていませんが、歴史の中で、同じ過ちを何度も繰り返すのは、「バケモノの様な凡人」に支配されしまった人間(凡人)達の、その時々の自分の身を守る行為ですので、何度も、何度も、同じ過ちを繰り返しています。

戦争がどんなに悲惨か、毎年、終戦(敗戦)記念日の近くになると、忘れないように、語り継ぐために、放映されますが、内容が、トンチンカンなのです。

戦争がどんなに悲惨かを語り継ぐのではなく、人間は、はかなく弱い生き物で、自分の身を守る為なら、いかなる悪にも屈してしまうという事を話し合うべきなのです。

そう、人間の「不都合な真実」を共有せずに、反省しようとしても、偽善的でしかない。

だから、どうしなければならないかを考えるべきなのですが、「はかなく弱い生き物」としてしか生きられないのです。 それが、善か悪かなんて関係なくなるのです。

アーレントは、「人間はあらゆる状況においても善悪を判断する能力を持っていなければならない」と言っていますが、これを実行できる人間が何人いるかでしょう。

バケモノの様な「凡人」を早めに見つけて抹殺してしまうには、弱い「凡人」たちが、潰されないように、一致団結して仲間を増やし知恵を集めて始末するしか方法がない様な気がしますが、これができない為に、歴史が繰り返されます。

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