【書籍紹介】 スマホを捨てたい子どもたち: 野生に学ぶ「未知の時代」の生き方 山極 寿一 (著)

20202年6月、
本日の書籍紹介は、スマホを捨てたい子どもたち: 野生に学ぶ「未知の時代」の生き方
山極 寿一 (著) です。

先生は、日本の人類学者、霊長類学者にして、チンパンジー研究の第一人者です。ゴリラも詳しいです。京都大学理学研究科教授を経て、現在、京都大学総長です。

先生は、ニホンザルの研究に限界を感じ、ゴリラの生態研究に進出しています。

1.ゴリラと人間の方が、サルより近い

遺伝子的な違いで云えば、ゴリラとサルは3%、ゴリラと人間は1.2~1.6%。つまりゴリラと人間の方が、サルより近いのです。

ですので、「ゴリラよりも劣る」と言われるより、「サルより劣る」と言われた方が、クズと言う事です。

1)「サルの社会」と「ゴリラの社会」

「サルの社会」と「ゴリラの社会」を観察して、面白いことがたくさん書かれています。

サルの社会では「乱交」型で、ゴリラは一頭のオスに複数のメスが付いている「ハーレム(一夫多妻)」型の夫婦関係で、ボス「ゴリラ」は、どのメスの子供も平等に、ちゃんと面倒をみるそうです。

一方、サルの社会では、「乱交」型ですので、どの雄ザルの子供かわからないのですが、母親のヒエラルキーが、子供にも引き継がれていて、子供同士の「いじめ」は、無いようです。 なぜなら、下位の子供が、上位の子供をいじめたものなら、とんでもないことが起こるからです。

2)人間社会では

そして、人間社会の子供たちの場合は、面倒をみている学校の先生たちが、ろくでもない、メンドクサイ「親」と絡みたくないから、見て見ぬふりをして、ごまかそうとします。ですので、ナメタ「腐れガキ」が、好き勝手にするのです。

「いじめ」はなくなら居のです。「みんな平等よ」と教えると同調しない奴をいじめるのです。

学校で手に負えないのですから、「学校の自治が。。」などと言っている場合ではなく、警察権力を入れて、犯罪者として、子供と親に責任を取らせる体制に法律を変えるしかない。

このように世の中は、被害者は自殺して、人生自体が亡くなったにもかかわれず、加害者の腐れガキは、のうのうと転校してゆくだけでしょう。

これを「不平等」と呼ばず、何が平等だというのでしょうか?

自分の身の保身しか考えていない先生たちは、どうせ子供たちを守れないのだから、「みんな平等よ」と嘘を教えないで、「みんな不平等よ」と教えればいいのです。

話が、脱線しそうになりましたが、集団のサイズについてです。

2.集団のサイズ

人間が安定的な信頼関係を保てる
集団のサイズは、人間の脳の大きさに見合った
150人規模のままです。

1)先生もちょっと勘違いしている様に思います。

先生は、未だにガラケーだそうですが、先生が若い人に「スマホを使っている人は?」と聞くとほぼ全員が手を挙げるそうですが、「スマホを捨てたいと思う人は?」と聞くと、結構多くの子供たちがてを挙げるそうです。

SNSなどで、つながっていないと怖いから、仕方なくスマホを使っているだけで、そもそも、スマホの使い道が根本的に間違っているのです。

スマートフォンもタブレットも、パソコンを小さくしただけのコンピューターです。

いまどき、コンピューターは、「文房具」なのですが、いまどき、コンピューターも使いこなせもしない奴が、我も我もとスマートフォンを持つから、こんなことになるのです。

私は、「スマホを捨てたいと思いません」、なぜなら、コンピューターと同じように役に立つからです。

私などは、「スマホ」が出たての頃から使用していますが、SNSは、一切やりません。

なぜなら、バカどもと、つながっていても、何の意味も無いでしょう。 

世界一、いや宇宙一、無駄な時間です。

なぜ、「烏合の衆(うごうのしゅう)」と一緒に集まる必要があるのだろうか? 本当に、不思議に感じます。

スマホは、「バカ動画」を観たり、「バカゲーム」をするためのオモチャではありません。

SNSも、バカどもが「自己承認欲求」を満たすために使用しているだけです。

これ以外の使い方? 山ほど在るわ。

3.コロナの中で、相変わらず、訳の分からない「サル」以下のヒトが存在する

コロナの中、人通リが戻った中でも、これだけ「歩きスマホ」をするなと云われているが、目につくのは、やはり「バカ女」が圧倒的に多い、平気で、おもちゃ(スマホ)にかじり付きながら歩いている。

マスクをしろと云う「同調圧力」と同じくらいの「圧力」をかけないと、どうやら平気らしい。

一見、若そうに見える姉ちゃんは、男より空気を読めると言われているが、自分が、その場の状況で不利にならないと踏むと、とんでもなく空気を読まない、読めないのです。 まるで別の世界から来た「バケモノ」の様に振る舞うのです。

百歩譲って、多分、商売(金儲け)をしている連中は、金儲けをするための道具として使っているだけでしょう。

「自分がつながっていると思っている人」の数と「実際に信頼関係でつながっていることができる人」の数に、ギャップがあるが、多分、ごちゃ混ぜになっていて、たくさん繋がっていると錯覚しているだけでしょう。

スマホを捨てたい子どもたち: 野生に学ぶ「未知の時代」の生き方

– 目 次 –
第1章 スマホだけでつながるという不安
ゴリラ学者が感じる人間社会の変化

第2章 ぼくはこうしてゴリラになった
生物としての人間を知るために

第3章 言葉は人間に何をもたらしたのか
ゴリラから見た人間社会

第4章 人間らしさって何?
皆で食べ、育て、踊る人間の不思議

第5章 生物としての自覚を取り戻せ
AIに支配されないために

第6章 未来の社会の生き方
生活をデザインするユートピアへ
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最後まで、読み終わりましたが、先生と私では、何だか、「世界観」が違うような気がして、コメントのしようが無いのですが、分かるんですが、ちょっと先生と違うと云う思いが湧いてきますが、間違ってはいないので、先生の思いは、そのまま受け止めましょう。

サルやゴリラを現地で観察された経験から、ヒトも動物と同じように、原点に戻る必要があるのではないかと云っています。

4.ITが進歩したから、ヒトとヒトのつながりが、稀薄になったのではないような気がします。

なぜなら、低脳な奴らは、いくらITが進歩しても、「暇つぶしのオモチャ」としてしか、使いこなせないのですから、「関係性が稀薄になった」事と関係ないのです。 しかも、こんな人間が多勢に無勢を占めています。 社会が変わるほど、I技術が浸透していません。

確かに「おもちゃ」としてなら、浸透しているのかもしれません。

そして、何も考えていないから、おもちゃで「暇つぶし」をするしか能が無いのでしょう。


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