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現代社会で「子殺し(こごろし)」をする理由  家庭内における「序列の崩壊」への恐怖

2026-04-19、
本日のお題は、「子殺しをする理由」です。

SNSなどで、さんざんデマが広がっていたが、誰がやったはもう判明したので、最大の疑問は「子殺し」で、一見おとなしそうな、この継父は、殺害後、小細工(隠ぺい工作)をするのはバカでない限り普通だが、なぜ、再婚相手の子供を結果的に殺してしまったのか? なぜ、突発的でも、子供を殺してしまったのか?

犯行をなぜ隠したのか、どう隠そうとしたのかではなく、一番の謎は、動機で「なぜ殺したのか」この部分に尽きると思うのですが、どうも、報道は、違うようです。

犯罪者が、自分がやったことを隠そうと、色々と小細工するのは当たり前で、そんな事は、何も「なぞ」でもなんでもありません。

■子殺しや児童虐待、連れ子への暴力といったテーマで、現在進行形の事件や近年の傾向を分析している主な先生・専門家を挙げます。
・中山 誠 教授(関西国際大学)
・出口 保行 教授(東京未来大学)
・香山 リカ 氏(精神科医)
・和田 秀樹 氏(精神科医)
・押川 剛 氏(トキワ精神保健事務所 代表)
・川﨑 二三彦 氏(子どもの虹情報研修センター)

 

1.人間がわが子をあやめてしまう「子殺し」は、野生動物の生物学的な本能だけでは説明できない非常に複雑な要因が絡み合っています。

ライオンなどの動物に見られる子殺し(子連れのメスを早く発情させるための行動)は「生殖戦略」に基づいたものですが、人間の場合は、高度に発達した社会構造や心理的要因が強く影響しています。

ただこれも、普通の人間ならしないでしょうと言う事をやってしまう人の心理ですが、これが理解できないと 人の心の「闇」とか 訳のわからない事をほざいて終わらせようとしますが、これでは、人間の本性、本質が理解できないと思います。

■序列という問題
犬や猫などの群れを作る動物が「序列(ランク)」を意識して自分の立ち位置を確保しようとする行動は、人間社会においても非常に色濃く残っています。
社会心理学や行動経済学の視点から見ると、人間もまた「外部から入ってきた存在」に対して、自分の地位や既得権益を守ろうとする強い本能的な反応を示します。
人間社会におけるこのメカニズムを整理します。

1)「排他性」と「テリトリー」の維持
動物が縄張りを守るように、人間も自分が属するコミュニティ(家族、職場、友人グループ)を自分のテリトリーと認識します。

• 内集団バイアス:
新参者が入ってくると、既存のメンバーは無意識に「この人物は自分たちの秩序を乱さないか」を警戒します。

• 既得権益の保護:
自分がこれまで築いてきた「発言権」や「役割」が、新しい人間によって奪われる(あるいは価値が下がる)と感じたとき、攻撃的になったり、無視したりといった排除行動が起こります。

2)「社会的比較」による順位付け
人間は、新しい人物が登場すると、無意識に自分とその人物を「比較」して順位を測ります。
• 下方比較:
自分より劣っている(と見なせる)相手に対しては、優越感を感じて寛容になります。
• 上方比較(脅威):

自分より優秀、あるいは魅力的な相手が入ってくると、自分の相対的な順位が下がると感じ、不安や嫉妬を抱きます。これが、組織内での「いびり」や「マウンティング」の正体です。

3)家庭内における「序列の崩壊」への恐怖
「子殺し」や「連れ子への攻撃」の文脈で考えると、家庭という最小の社会単位でも、この序列意識は極めて残酷に機能することがあります。

母親の関心の独占:
新しく入ってきた男性(継父)にとって、先妻の子(連れ子)は、母親(パートナー)の関心を独占している「上位者」に見えることがあります。

• 序列の再編:
男性は往々にして「自分がこの家庭の主(トップ)である」ことを証明しようとします。その際、自分の思い通りにならない子供(特に他者の遺伝子を持つ子)を屈服させることで、序列の最下層に押し込もうとする心理が働きます。

4)動物との違い:
言葉による「マウンティング」

犬や猫は牙や鳴き声で序列を示しますが、人間はより高度で陰湿な手段を使います。

• マイクロアグレッション:
些細な嫌がらせや、相手の能力を低く評価する発言を繰り返すことで、精神的に相手を支配し、自分の序列を維持しようとします。

• 同盟の形成:
周囲を味方につけて、特定の人物を「下」に固定しようとする「派閥作り」も、人間特有の高度な序列維持戦略です。

まとめ
人間も動物である以上、「自分の地位が脅かされることへの恐怖」は本能に根ざしています。
新しく入ってきた人間が自分の「聖域(愛する人の関心、地位、平穏)」を侵食すると感じたとき、人間は理性で抑えきれないほどの攻撃性を剥き出しにすることがあります。
特に、家庭のように逃げ場のない密室では、この「序列を守るための排除」が暴力的な形で現れやすいのが現実です。
人間が犬や猫と違うのは、「序列を気にしている自分」を客観視し、理性や倫理でその衝動をコントロールできる点にありますが、極限状態ではその理性が容易にバイパスされてしまうのも、また人間の一側面と言えるでしょう。

 

2、報道されている容疑者の生い立ちや行動から、専門的な視点(犯罪心理学・臨床心理学)でその「人間性」と「動機」の深層を考察します。

特定の個人の診断を確定させることはできませんが、一般的に「幼少期に祖母に育てられた」という背景と、現在の「連れ子への暴力」の間には、心理学的な接点がいくつか考えられます。

1)「祖母による養育」と愛着障害の可能性

容疑者が「祖母に育てられた」という事実だけで愛着障害になるとは限りませんが、そこに至る「親との分離」のプロセスが重要です。

• 基本的信頼感の欠如:
本来、最も身近な保護者であるべき親から引き離された、あるいは親が育児を放棄したという経験がある場合、「自分は条件なしに愛される存在だ」という感覚(基本的信頼感)が育ちにくくなります。

• 愛着障害の諸相:
愛着障害を抱える人は、大人になってから「極端に拒絶を恐れる」一方で、「身近な人間を過剰に支配しようとする」傾向が出ることがあります。これは、再び自分が見捨てられることへの恐怖の裏返しです。

2)「連れ子」に対する歪んだ支配欲

連れ子を殺害・遺棄するという行為には、先ほど触れた「中間集団全体主義」や「序列意識」が最悪の形で現れている可能性があります。

• 自己愛の補完:
社会や仕事で自尊心を満たせない人物が、家庭という閉鎖空間で「王」として振る舞うことで、自分の価値を保とうとすることがあります。

• 「邪魔者」としての排除:
容疑者にとって、パートナー(母親)の関心を自分から奪う存在であり、かつ自分の血を引かない(自分のルールが通用しにくい)連れ子は、自分の「完璧な支配下にあるべき家庭」を乱す不純物として認識されます。

• 衝動制御の脆弱性:
障害がなくても、強いストレス下で「自分の思い通りにならない」という事態に直面したとき、愛着の問題を抱える人は、怒りを爆発させて対象を排除(殺害)することで、混乱した状況を無理やり解決しようとする傾向があります。

3)「人間性」の欠如か、システムの崩壊か

この男の行為に対して「人間性の欠如」を感じるのは当然ですが、心理学的には「共感能力のシャットダウン」が起きていたと考えられます。

• 対象の「物化」:
殺害し、遺棄するというプロセスにおいて、被害児を一人の人間ではなく「自分の平穏を乱す物」や「不都合な証拠」として扱っています。これは、強い自己中心性と、自分を守るための防衛本能が、他者への共感を完全に上書きしてしまった状態です。

• 負の連鎖:
自分が子供の頃に受けた「放置」や「拒絶」を、形を変えて(支配や暴力として)次の世代にぶつけてしまう「世代間連鎖」の一種とも言えます。

4)まとめ:なぜ「殺し」まで至るのか

「殺してしまう」という極端な結果に至るには、以下の要素が重なったと考えられます。

(1)内面的な空虚さ:
愛着の傷による、深い劣等感と孤独。

(2)外面的な支配 :
家庭内で強者として振る舞うことでしか、その空虚さを埋められない。

(3)理性の崩壊  :
「自分の思い通りにならない存在(子)」への怒りが、生物学的な序列意識と結びつき、ブレーキが効かなくなった。

祖母に育てられたという環境が、彼にとって「温かい救い」だったのか、「親に捨てられたという傷の象徴」だったのか。その受け止め方の違いが、彼の人間性の形成に決定的な影響を与えた可能性は高いと言えるでしょう。

 

3.補足説明 : 「中間集団全体主義」

生物学的な序列意識」や「外部者の排除・支配欲」といった観点から、現代の事件を鋭く分析している専門家として、特に以下の3名が挙げられます。

■内藤 朝雄 氏(社会学者・明治大学教授)
■岡田 尊司 氏(精神科医・作家)
■長谷川 眞理子 氏(進化学者・行動生態学者)

これらの先生方の分析を総合すると、まとめで記載したような「序列を守るための排除」は、以下の3つの条件が揃った時に暴発しやすいと言えます。
1)閉鎖性:
家庭が外部から遮断され、親が「王」として振る舞える密室状態。
2)不全感:
社会で認められていないという不満を、家庭内の弱者を支配することで解消しようとする心理。
3)異物視:
子供を「守るべき対象」ではなく、自分とパートナーの仲を裂く、あるいは自分の思い通りにならない「異質な存在」と定義してしまう認知の歪み。

 

特に、内藤朝雄氏が提唱する「中間集団全体主義」とは、学校のクラスや家族、職場といった、国家と個人の間にある「小さな集団(中間集団)」が、個人の自由や人格を完全に飲み込み、支配してしまう構造を指します。

特に「いじめ」のメカニズムを解明するために使われる概念ですが、ご質問の「家庭内での序列」や「支配・排除」の心理を理解する上でも非常に重要な視点です。

主な特徴を3つのポイントで解説します。

1. 「心のフュージョン(融合)」
この理論の核心は、集団のメンバー同士の心がベタベタに溶け合い、「私とあなたの区別がなくなる」状態にあります。

• 同調圧力:
「みんな一緒であること」が絶対的な正義となり、そこから少しでも外れる者(異質な存在)は、集団の純粋性を汚す「不純物」と見なされます。

• プライバシーの消失:
個人の内面や秘密が許されず、すべてを集団にさらけ出すことが強制されます。

 

2. 「万能系」の序列と全能感
集団が一つにまとまると、その中で「誰が一番偉いか」という残酷な序列が自然発生します。

• 全能的支配:
序列のトップに立った者は、集団全体の力を自分の力だと錯覚し、下位の者に対して「何をしても許される」という全能感を抱きます。

• 生殺与奪の権:
下位の者をいじめたり、排除したりすることで、集団の結束(「俺たちは仲間だ、あいつは違う」という感覚)を再確認します。これを内藤氏は「祝祭的な暴力」と呼ぶこともあります。

 

3. 社会から切り離された「密室の王国」
「中間集団全体主義」が恐ろしいのは、その集団が外部の法や倫理から遮断された特区になってしまう点です。

• 学校の教室や家庭:
外部(警察や社会)のルールよりも「その場のノリ」や「パパ・ママの機嫌」が絶対的な法律となります。

• 不条理の正当化:
外から見れば異常な暴力や支配も、その集団の内部では「教育」や「しつけ」、あるいは「遊び」として正当化されてしまいます。

「子殺し」や「連れ子」の問題への適用
この理論を家庭に当てはめると、なぜ連れ子への攻撃が発生するのかが見えてきます。

• 異物の排除:
新しいパートナー(継父など)が家庭という「中間集団」を支配しようとしたとき、血縁がなく、自分のルールに従わない連れ子は、「自分の理想の王国(純粋な家族)」を乱す異物として映ります。

• 序列の固定:
子供を徹底的に屈服させ、序列の最底辺に置くことで、自分の全能感を確認し、家庭内の支配体制を完成させようとします。

<結論>
内藤氏の理論は、人間が「集団」になったときに、いかに容易に「個としての倫理」を捨て、動物的な「群れの力学」に支配されるかを警告しています。

「家族だから愛し合っているはずだ」という理想論ではなく、閉鎖的な集団は常に暴走し、弱者を食い物にする危険を孕んでいる」という冷徹な視点を与えてくれるのが、中間集団全体主義という考え方です。
この「集団の狂気」という視点は、現代の悲惨な事件を「個人の異常性」だけで片付けないための、重要な鍵になります。

いずれにしても、容疑者が、取り調べの中で、こんな頭の中で起こっている事を「言語化」出来るのかは非常に疑問も残りますので、「精神鑑定」にかけても、解明されるまでは相当な時間と分析が必要になるでしょう。

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