2025-05-07、
本日の書籍紹介は、 日本経済の死角 収奪的システムを解き明かす 河野龍太郎(著) です。
5月連休も終了しましたね。皆さん、どこかお出掛けしましたでしょうか?
さて私の場合、本当は、今年のGWは東北岩手県の花巻に出かけ、以前から興味深い「宮沢賢治の記念館」に行こうと計画していました。ところが、東京に居る娘から、「5月1日にバイクで苫小牧(札幌)に上陸します!」と連絡があり、東北行きはあっという間に中止となってしまいました。
娘がバイクで札幌まで来てくれたのはとても嬉しいのですが、私は去年、「食道癌」の手術をして、体調が戻っていないにもかかわらず、一緒にバイクで走れるように、バイクを探したのですが、最近ちょっと「めまい」がして心配でしたので安全のためバイクに乗るのを諦めました。
もう一緒に走ることはかないませんでしたが、あと5年早く娘が乗っていれば私も一緒に乗っていたのかもしれません。今となっては、ちょっと遅かった様に思い、残念に思います。
それにしても、娘が生まれる前に好きだった「バイク」からとっくに降りていますので、私が乗っている姿など見せたことなど無いのですが、娘はいつの間にか、ライダーになっていました。血は争えないのでしょうか? 6日にフェリーで東京に帰ってゆきました。 もう、娘とツーリングができないと思うと、唯一、人生で一番「後悔」する点ですね。
さて本題です。 前回掲載した記事もそうですが、
私の場合、商学部卒で、経済、特に金融などに精通していると思いきや、一番苦手と云うか、興味がないと云うか、一番嫌いな金儲けの亡者たちを助ける経済学的な書籍は避けていましたが読んでゆく内に、経済、金融などの書籍内の用語で、私が分からないものがたくさんあり、これは、ちょっとまずい、勉強しておかなきゃと云う思いで記載してみました。 もう一つの紹介したい動機は、本書が現代の動向を社会学的な観点からも考察しており、非常に勉強になる点が多いことです。歴史観や時代感に共感できる部分も多く、きっと皆様にとっても有益な一冊だと思います。
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■ 日本経済の死角 収奪的システムを解き明かす 河野龍太郎(著)
【目次】
第1章 生産性が上がっても実質賃金が上がらない理由
1 なぜ収奪的な経済システムに転落したのか
2 コーポレートガバナンス改革の罠
3 再考 バラッサ・サミュエルソン効果
第2章 定期昇給の下での実質ゼロベアの罠
1 大企業経営者はゼロベアの弊害になぜ気づかないのか
2 実質ゼロベアの様々な弊害
第3章 対外直接投資の落とし穴
1 海外投資の国内経済への恩恵はあるのか
2 対外投資は本当に儲かっているのか
第4章 労働市場の構造変化と日銀の二つの誤算
1 安価な労働力の大量出現という第一の誤算
2 もう一つの誤算は残業規制のインパクト
3 消費者余剰の消滅とアンチ・エスタブリッシュメント政党の台頭
第5章 労働法制変更のマクロ経済への衝撃
1 1990年代の成長の下方屈折の真の理由
2 再考なぜ過剰問題が広範囲に広がったか
第6章 コーポレートガバナンス改革の陥穽と長期雇用制の行方
1 もう一つの成長阻害要因
2 略奪される企業価値
3 漸進的な雇用制度改革の構想
第7章 イノベーションを社会はどう飼いならすか
1 イノベーションは本来、収奪的
2 野生的なイノベーションをどう飼いならすか
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本書は、過去30年にわたる日本経済の持続的な停滞、特に生産性の向上とは対照的な実質賃金の停滞という問題に焦点を当てている。 その中心的な主張は、この停滞の根底には日本経済に内在する「収奪的システム」が存在し、生産性向上による恩恵が労働者に公平に分配されていないという点にある。
この書籍が日本の経済状況を「収奪的システム」と捉えている点は、従来の生産性不足のみに焦点を当てた説明とは一線を画す、批判的かつ議論を呼ぶ可能性のある分析を示唆している。 これは、日本の労働者が自らの経済的貢献に見合うだけの報酬を得られていないという議論を展開するものと推察され、賃金の停滞や経済格差に対する社会的な関心と共鳴する可能性がある。
■「収奪的システム」の解明
本書の主要な実証的観察として挙げられているのは、1998年から2023年までの四半世紀において、日本の時間当たり労働生産性が約30%増加したにもかかわらず、実質賃金はほぼ横ばいであり、近年では円安とインフレの影響により約3%減少しているという事実である。 この乖離の主な要因として本書が指摘するのは、特にバブル崩壊後の経済危機を経て、日本の大企業が賃上げや国内設備投資よりも内部留保(利益剰余金)の蓄積と株主価値の最大化を優先してきたという企業行動である。 2023年には、企業の利益剰余金が驚異的な600兆円に達したと報告されている。
本書は、メインバンク制度の崩壊後に特に顕著になった株主中心主義的なコーポレートガバナンスへの移行が、短期的な利益と株主へのリターンの重視を強め、その結果として従業員の報酬が犠牲になる傾向を助長したと主張する。 さらに、日本の停滞した実質賃金成長を、アメリカ、ドイツ、フランスといった他の先進国の経験と比較することで、本書はその特異性を強調している。 これらの国々では、生産性の向上はより実質的な賃金上昇を伴っていることが示されており、日本の状況は、その経済構造と政策に特有の問題を示唆している。
この書籍の中核となる議論は、生産性の向上と賃金の停滞という顕著な経験的対比に基づいており、国際的な比較を通じて日本の経済的苦境の深刻さと独自性を強調している。 これは、生産性の低さが日本経済の低迷の主な原因であるという一般的な見解に異議を唱え、富の分配と企業の優先順位の問題を指摘している。
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ここから以下は、私が認識していなかった「用語」を調べたもので、本 書籍を読んでいて、この用語が理解できないと。。。と云う点をメモとして記載しました。参考までに。
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1.アセモグルの論考を詳しく
アセモグル(Daron Acemoglu)は、現代経済学において非常に影響力のある研究者の一人であり、特に制度の質が経済発展に果たす役割に関する研究で広く知られています。以下に、彼の主要な論考を詳しく解説します。
1. 制度の重要性 (The Primacy of Institutions)
アセモグルの最も重要な貢献は、国家間の経済格差を説明する上で、地理的要因や文化的要因よりも制度が根本的な原因であると主張したことです。彼は、経済が繁栄するためには、以下のような包摂的な制度 (inclusive institutions) が不可欠であると論じています。
- 法の支配 (Rule of Law): 全ての個人と組織が法の下に平等であり、恣意的な権力行使が抑制されていること。
- 私的所有権の保護 (Protection of Private Property Rights): 個人や企業が合法的に取得した財産を安心して保有し、活用できること。
- 契約の履行 (Enforcement of Contracts): 経済主体間の合意が法的に保護され、履行されること。
- 広範な経済活動への参加 (Broad-Based Participation in Economic Activities): より多くの人々が経済的な機会にアクセスでき、自身の才能や努力を活かせること。
これに対し、収奪的な制度 (extractive institutions) は、少数のエリート層が政治的権力を独占し、自身の利益のために経済を搾取する構造を持っています。このような制度の下では、イノベーションや投資のインセンティブが損なわれ、長期的な経済発展は阻害されるとアセモグルは主張します。
2. 「幸運の逆転」現象 (The Reversal of Fortune)
アセモグルは、植民地時代の歴史的データを用いて、かつて豊かであった地域が現在貧しく、逆に当時は貧しかった地域が現在豊かになっている「幸運の逆転」現象を分析しました。彼は、この現象が、ヨーロッパ列強が植民地にどのような制度を導入したかと深く関連していることを示唆しました。
- 包摂的な制度の導入: 少数者による収奪が難しく、法の支配や私的所有権が比較的確立された地域(例えば、北米の一部)では、長期的な経済発展が促進されました。
- 収奪的な制度の導入: 資源の搾取や本国への富の移転を目的とした制度(例えば、ラテンアメリカやアフリカの多く)が導入された地域では、その後の経済発展が遅れる傾向が見られました。
3. 政治制度と経済制度の相互作用
アセモグルは、経済制度が政治制度によって大きく左右されると考えます。包摂的な経済制度は、権力が分散され、多様な人々の意見が反映される包摂的な政治制度によって支えられやすい一方、収奪的な経済制度は、権力が集中し、少数のエリート層によって支配される収奪的な政治制度と結びつきやすいと論じます。
彼は、制度の変化はしばしば既存の権力構造との間の政治的闘争の結果として起こると強調します。社会の様々なグループが自身の利益を追求し、その結果として制度が形成・変容していくと考えます。
4. 主要な著作
- 『独裁と民主主義の経済起源 (Economic Origins of Dictatorship and Democracy)』 (2006年、ジェームズ・ロビンソンとの共著): 民主主義の成立と安定の経済的要因を分析し、制度変革における政治的闘争の重要性を強調しています。
- 『なぜ国家は失敗するのか (Why Nations Fail)』 (2012年、ジェームズ・ロビンソンとの共著): アセモグルの制度論を一般向けに分かりやすく解説した代表的な著作です。豊富な歴史的事例を用いて、包摂的な制度と収奪的な制度の対比を示し、国家の盛衰の根本原因を制度に求めています。
- 『狭い回廊 (The Narrow Corridor)』 (2019年、ジェームズ・ロビンソンとの共著): 国家、社会、自由の関係性を分析し、自由を実現するためには、国家権力と社会の力のバランスが重要であることを論じています。
5. 開発経済学への批判と貢献
アセモグルは、従来の開発経済学が、地理的要因や文化、あるいは単なる政策の欠如に貧困の原因を求めがちであった点を批判しました。彼は、貧困の根本には、少数のエリート層の利益を優先する収奪的な制度が存在すると主張し、制度改革の重要性を強調しました。
彼の研究は、開発政策の議論に大きな影響を与え、制度改革を中心とした新たな開発戦略の必要性を提起しました。
まとめ
ダロン・アセモグルの論考は、経済発展の決定要因として制度の質を重視する視点を提示し、国家間の経済格差の根源的な理解に貢献しています。彼の研究は、歴史的な分析と計量経済学的な手法を組み合わせることで、制度が経済成長、不平等、政治体制などに与える影響を明らかにしてきました。特に、『なぜ国家は失敗するのか』は、彼の思想を広く一般に浸透させる上で重要な役割を果たしました。彼の研究は、開発経済学、政治経済学、経済史など、幅広い分野にわたって深い影響を与え続けています。
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2.生産性バウンドワゴンとは
「生産性バウンドワゴン」という言葉は、経済学者のダロン・アセモグルとサイモン・ジョンソンが共著『技術革新と不平等の1000年史』の中で提唱した概念です。
これは、技術革新の成果が社会全体に自動的に、かつ平等に分配されるという楽観的な見方を指します。
「バウンドワゴン (bandwagon)」 は、パレードの先頭を行く楽隊車を意味し、「時流に乗る」「勝ち馬に乗る」といった意味合いがあります。つまり、「生産性バウンドワゴン」とは、技術革新という「楽隊車」が進むにつれて、誰もがその恩恵にあずかれる、というイメージです。
しかし、アセモグルとジョンソンは、歴史的な分析を通じて、この「生産性バウンドワゴン」効果は必ずしも起こらないと主張しています。彼らは、技術革新がもたらす富は、制度や政治状況によって偏って分配される可能性があり、むしろ不平等を拡大させることもありうると指摘しています。
彼らの主な論点は以下の通りです。
- 技術革新は労働の代替となりうる: 特に自動化技術などは、特定のスキルを持つ労働者の雇用を減少させ、賃金格差を拡大させる可能性があります。
- 制度が重要: 技術革新の恩恵が広く行き渡るためには、教育制度、社会保障制度、労働市場の規制など、適切な制度的枠組みが不可欠です。
- 政治的力関係: 技術革新によって新たな富が生まれると、その分配を巡って政治的な闘争が起こり、特定のグループがより多くの恩恵を得る可能性があります。
したがって、「生産性バウンドワゴン」という言葉は、技術革新が自動的に社会を豊かにするという単純な考え方を批判的に捉える際に用いられます。アセモグルとジョンソンの研究は、技術革新の恩恵を広く共有するためには、意図的な政策と制度設計が不可欠であることを示唆しています。
平たく言えば、「みんなが技術革新の恩恵にただ乗りして、自然に豊かになれるわけではない」というのが「生産性バウンドワゴン」という言葉に込められた警鐘と言えるでしょう。
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