2026-08-22、
本日のお題は、アドラー心理学のお話です。
よくアドラーの書籍は、「自己啓発本」?の様に扱われますが、私はそう考えていません。確かに、フロイトの精神分析とは一線を画して、無意識や性衝動を中心に置くフロイト理論と対立し、袂を分かちました。
ではなぜ、「自己啓発本」?のような呼ばれ方になったのでしょう。
私は「嫌われる勇気」、「幸福になる勇気」は数年前にすでに読んでいますが、確かにフロイト理論とは違います。
お勧めの一冊です。
2013年ですが、「アドラー心理学」を解説した書籍「嫌われる勇気」が出版されて、日本でも認知されるようになったと思います。その後、「幸せになる勇気」が出版されましたが、この2冊、読んでおいて損はないでしょう。
1.アドラーが他の心理学者と一線を画される理由はいくつかあります。
1)出発点がフロイトからの離反だった
アドラーはもともとフロイトの精神分析グループの一員でしたが、無意識や性衝動を中心に置くフロイト理論と対立し、袂を分かちました。この「決別」の経緯自体が、彼を主流の精神分析史の中で特異な位置に置いています。
2)原因論ではなく目的論
フロイトが「過去のトラウマが今の行動を規定する」という因果論(原因論)に立つのに対し、アドラーは「人は目的(未来)に向かって行動を選び取っている」という目的論に立ちます。
これは心理学というより、意志や自由を重視する哲学的立場に近く、実証科学としての心理学の枠組みからはみ出しやすい考え方です。
3)「個人心理学」という名の全体論
アドラーは人間を意識/無意識、身体/精神などに分割せず、「分割不可能な統合された存在」として捉えます(individual=分割できないもの、という語源に由来)。
これも要素還元的な実証研究になじみにくい発想です。
4)実証データより臨床・教育実践を重視
アドラーは学校教育、育児相談、コミュニティ支援など実践の現場で理論を鍛えた人で、統計的・実験的な検証よりも臨床知・実践知を重んじました。そのため20世紀後半の「科学としての心理学」(行動主義、認知科学など)の主流からは距離ができ、むしろ哲学・自己啓発・カウンセリング実践の文脈で継承されていきました。
5)日本での受容のされ方も特殊
学術的な心理学の一分野としてよりも、『嫌われる勇気』のヒットにより「人生哲学・自己啓発書」として広まった経緯があります。
これが「心理学者」というより「思想家」に近い扱いを助長した面もあります。
要するに、アドラーは方法論(目的論・全体論)でも受容のされ方(哲学・実践寄り)でも、実証科学としての近代心理学の主流とは異なる道を歩んだ、というのが理由です。
2.なぜアドラーはこのような(独自の)発想になるのか?
先ほど挙げた理由がその発想の背景・帰結でもあるので、もう少しアドラー個人の生い立ちや思想的動機に踏み込んでお答えします。
1)医師としての出発点 — 身体的劣等感の経験
アドラー自身、幼少期に病弱で、くる病を患い、弟を亡くすなど身体的なハンディを抱えていました。眼科医・内科医としてのキャリアの中で「身体的な弱さをどう克服するか」という臨床経験が、後の「劣等感とその補償」という中核概念に直結しています。つまり抽象理論からではなく、自分自身と患者の身体経験から発想している点が、フロイトの理論先行型とは対照的です。
2)社会主義・平等思想からの影響
アドラーは若い頃、社会主義運動に関わっていました(妻ライサはロシアの革命運動家)。この背景から「個人は社会・共同体の中でこそ意味を持つ」という共同体感覚の思想が生まれています。フロイトの精神分析が個人内面(無意識)に閉じるのに対し、アドラーは最初から「対人関係・社会」を心理の中心に据えました。
3)反権威主義的な性格
フロイトとの決別も、単なる理論的相違だけでなく、フロイト・グループの権威主義的な組織運営への反発という側面がありました。アドラーは平等な対話や民主的な人間関係を重視し、これが「上下関係ではなく横の関係」を説く思想に反映されています。
4)実践者としての気質
研究室にこもる理論家というより、学校・地域相談所・教員研修など「現場で使える心理学」を作ることに関心が強い人でした。この気質が、抽象的な無意識理論より「今ここでどう行動を変えるか」という目的論・実践論に発想が向かった理由と言えます。
まとめると、
アドラーの独自性は
「劣等感という身体的実感」
「社会・共同体を重視する思想的背景」
「権威に対する反発」
「臨床実践者としての気質」
という、彼個人の経験と気質に強く根ざしている、というのが答えになります。
3.アドラー流に言えば、「性格は変えられるのか?」
アドラー心理学における結論は明確で、「性格は変えられる」です。これはアドラー心理学の最も重要な主張の一つです。
なぜ変えられるのか — 理論的根拠
1)「性格」ではなく「ライフスタイル」という捉え方
アドラーは「性格(character)」という固定的な言葉をあまり使わず、代わりに「ライフスタイル(生き方のスタイル、性格傾向)」という概念を用います。
これは生まれつきの気質ではなく、幼少期(だいたい5〜6歳頃まで)に本人が「こういう人間として生きよう」と自分で選び取った、世界・自己・他者に対する構え方・信念のパターンです。
「選び取った」ものである以上、論理的には「選び直せる」ということになります。これがアドラー心理学の楽観性の根拠です。
2)「変えられない」と思っているのも一つの選択
アドラー心理学らしい厳しい視点として、「自分の性格は変えられない」と思い込むこと自体も、実は目的論的に説明されます。
変わろうとしないことで、変わる責任・変わる不安・変わって失敗するリスクを回避できる、という「変わらないことのメリット(安全)」を本人が(無自覚に)選んでいる場合がある、という見方です。
『嫌われる勇気』でも青年に対して哲人が繰り返し突きつけていた論点ですね。
3)ただし「簡単に」変えられるとは言っていない
ここは誤解されやすい点です。アドラーは「一晩で性格が変わる」とは言っていません。
- 幼少期に形成されたライフスタイルは、長年繰り返し使われてきた「使い慣れた道具」のようなもので、変えるには相応の勇気と再学習が必要(だからこそ『勇気づけ』という実践概念が重視される)。
- 変化には「今のライフスタイルの目的」を自覚すること(なぜ自分はこの性格を”選んで”いるのか)と、「新しい目的・新しい行動」を試す実践の両方が要る。
- カウンセリングや勇気づけの実践は、この自己理解と再選択のプロセスを助けるためのもの。
アドラー流に言えば、性格=ライフスタイルは、
「生まれつき固定されたもの」ではなく「本人が目的に応じて選び、使い続けているもの」なので、理論上は誰でも変えられます。
変えられないと感じているとすれば、それは能力の問題というより、変わることへの勇気の不足(あるいは変わらないことの隠れたメリット)が背景にある、というのがアドラー心理学の立場です。
4.書籍紹介
1)アドラー本人の著作(翻訳)
- 『人生の意味の心理学』 アルフレッド・アドラー(岸見一郎訳)— アドラー心理学の代表的な原典。目的論や共同体感覚がまとまって語られています。
- 『個人心理学講義』 アルフレッド・アドラー — より体系的・理論的にアドラー心理学を学びたい人向け。
- 『子どもの教育』 アルフレッド・アドラー — 子育てや教育への応用に関心がある場合に。
- 『人間知の心理学』 アルフレッド・アドラー — 人間理解・性格形成についての基礎的な一冊。
2)日本人研究者・実践家による解説書
5. 『アドラー心理学入門』 岩井俊憲 — 平易な入門書として定番。実務・カウンセリング視点も強い。
6. 『勇気づけの心理学』 岩井俊憲 — 「勇気づけ」概念を軸に、対人関係や子育てに応用しやすい内容。
7. 『アドラーをじっくり読む』 岸見一郎 — 『嫌われる勇気』の著者による、より原典に近い読解書。
8. 『アドラー心理学教科書』 野田俊作 — 日本のアドラー心理学界の重鎮による体系的なテキスト。
ビジネス・実践寄り
9. 『もしアドラーが上司だったら』 小倉広 — 職場の人間関係にアドラー心理学を応用した物語形式の本。
10. 『マンガでやさしくわかるアドラー心理学』 岩井俊憲(監修) — 図解・マンガで概念をつかみたいときに。
最後に、
私は、心理学は、あまり好きではありません。 なぜなら、こうだろうと言う、特性を後から貼り付けたような事柄が多く、原因がハッキリしないところが、すきっきりしないのです。 その点、「脳科学」は、「脳の配線がこうだからこうなってしまう」と言う、一見明確そうな事実を見せてくれる方がすっきりするので、こちらの方を好みますが、フロイトと違う考え方を示してくれるアドラーに興味をそそられるのも確かなのです。
—関連記事—
夫婦関係で劣勢に立つ男子は、必読です。
・【書籍紹介】 アドラーの「嫌われる勇気」と「幸せになる勇気」

コメント