2026-04-09、
本日の書籍紹介は、『境界知能の人たち』(講談社現代新書) 古荘純一(著) です。
この問題は、本人も知らないと言う事です。
日本の場合小学校の段階で知能検査を実施して結果は、親にも最後まで知らせる事はありません。
私が、いつも「バカやアホ」と言ってる輩には、境界知能の人たちを含めていません。いつも言っているバカやアホは知能のは普通なのに、自分が無知だと言うことを認識できない、年に一冊の書籍も身銭を切って購入して読まない様な「クソ愚民」の事です。
日本人の7人に1人(14%)!
「境界知能」は、「普通」でも「知的障害」でもない、はざまの子供たちと大人
人生、生きてきた中で、色々な人と関わる機会があると思いますが、なんだかこの人ちょっと変だな?と思った人はいないでしょうか? ギリギリの人だと気付くのも難しいのです。
「知的障害」でもないが、なんだか年齢相応の思考・言動ができていない人。

知能検査
境界知能は、IQが70以上85までを「ボーダー(境界線上の人)」と呼ばれています。
IQ:130以上はギフテット、 ASDとギフテットを持つ場合は「2E(Twice Exceptional)」と呼ばれています。
1.「境界知能」の問題と、「精神疾患」との関係
発達障害など、「精神疾患」が疑われる場合、必ず、「知能検査」を実施するようですが、「境界知能」の場合は、受ける機会がほとんどないのです。
- 発達障害を疑われて受診した場合 → 検査が行われやすい
- 「ちょっと要領が悪い人」で済まされた場合 → 検査されない
- うつ病・不安障害として受診した場合 → 精神科では知能検査をしないことも多い
結果として、境界知能の人は精神疾患の二次障害が出て初めて医療につながるが、その段階でも知能検査が行われないことがあり、根本的な問題が見過ごされ続ける、というのが本書が指摘する構造的問題です。
<目次>
第1章 境界知能とは何か
第2章 境界知能の事例
第3章 境界知能にどう取り組むか
———————————————————————————————–
興味深い問いですが、前提として一点:境界知能はIQの範囲で定義される統計的な概念であり、個人差が非常に大きい。
「この人は境界知能だ」と会話中に確信できるほど特徴が揃うケースは多くなく、むしろ「なんとなく噛み合わない」という漠然とした違和感として現れることが多いようです。
1)会話中に感じやすい違和感
① 言語の表面と理解の深さのズレ
おそらく最も典型的なものです。
- 言葉は普通に使っているのに、その言葉の意味を正確に理解していない
- 「わかりました」と言うが、実際には理解できていない(わかったふりではなく、わかったと本人は思っている)
- 抽象的な話題になると急に会話が噛み合わなくなる
- 比喩やたとえ話が通じない、あるいは文字通りに受け取る
➁ 話の構造が組み立てられない
- 何かを説明しようとすると、話の順序がバラバラになる
- 原因と結果の関係が逆転していたり、時系列が混乱する
- 「要するに何が言いたいのか」がなかなか出てこない
- ただし、体験談・具体的なエピソードは比較的流暢に話せることが多い
③ 質問への答え方のずれ
- 「なぜそうしたのか」という理由を問うと、答えが「そうしたから」になる(内省・言語化が難しい)
- 「AとBのどちらが良いか」という選択肢を与えると答えられるが、「どうしたいか」という開かれた質問には答えにくい
- 質問の意図を取り違えて、別のことを答える
④ 一般化・応用が苦手
- 「昨日こういうことがあった」は話せるが、「最近こういうことが多い」という抽象化・パターン認識が難しい
- ある場面で学んだことを別の場面に応用できない
- 「この前と同じようにやればいい」という指示が通じない
⑤ 会話のテンポ・間の取り方
- 反応がワンテンポ遅い(処理速度の問題)
- 間を埋めようとして関係のないことを言う
- 沈黙が怖くて「そうですね」「なるほど」を連発するが内容が入っていない
2)対人関係・社会的文脈での違和感
- 距離感が読めない: 初対面なのに急に親密になろうとする、あるいは逆に必要以上に壁を作る
- 場の空気の読み違い:冗談と本気の区別、その場の雰囲気に応じた話題の切り替えが難しい
- 断れない: 頼まれると断れず、あとで困る。これがだまされやすさにもつながる
- 約束・ルールの優先順位がつけられない:複数の約束が競合したとき、どちらを優先すべきか判断できない
3)重要な留保
この「違和感」は、境界知能に固有ではない点に注意が必要です。
ADHDでも会話が散漫になりますし、ASDでも抽象的な会話が苦手な場合があります。不安が強い人も「わかりました」と言いがちです。また、教育・文化・育った環境によっても会話スタイルは大きく変わります。
違和感を覚えたとき、「この人は境界知能かもしれない」と即断するより、「この人の理解のレベルに合わせた伝え方をしよう」と切り替えることの方が、実際の場面では有益です。
若い人のキャリア相談などで「なんとなく説明が噛み合わない」と感じる場面もあるかもしれません。
そういう場合は、抽象論を減らして具体的な例を多用し、「では次に何をするか」を一つに絞って確認する、というアプローチが有効です。
4.日本の小学校で知能検査を実施する目的は何か? その後誰にも公開しないのに、何の目的なのか
1)日本の小学校での知能検査の実態
どんな検査か
主に使われるのは田中ビネー知能検査やWISC(就学時・特別支援判定の場合)です。ただし学校で一斉に実施されるのは、厳密には「知能検査」ではなく「知能的な能力を測る集団式テスト」であることも多い(CRT、NRTなど)。
本格的な個別式知能検査(WISC等)は、通常は全員には行わず、特別支援の判定が必要な場合に個別実施されます。
2)「全員に実施する検査」の目的
◼︎建前上の目的
• 学級編成・習熟度の参考
• 学習上の困難を早期に発見する
• 教師が個々の児童の認知特性を把握する
◼︎実態としての問題
ご指摘の通り、結果が本人・保護者に開示されないことが多いという慣行が長年続いてきました。これは非常に問題のある慣行で、複数の観点から批判されています。
なぜ非公開だったのか(歴史的経緯)
• 戦後の日本では、IQスコアが学校・教師の管理ツールとして使われた側面がある
• スコアによる差別・序列化・烙印づけを避けるためという名目で非公開にしていた
• 一方で教師は参考にしていたため、「知らないのは本人だけ」という非対称な状況が生まれた
◼︎現在の法的状況
個人情報保護法の観点から、現在は保護者が開示請求すれば原則として開示義務があるとされています。ただし現場での運用はまちまちです。
3)誰にも公開しない」ことの本質的な問題
これは境界知能の問題と直結します。
検査結果が本人・保護者に伝わらない
↓
「なぜ勉強ができないのか」の原因が分からないまま
↓
「努力不足」「やる気がない」と誤解され続ける
↓
自己肯定感が低下し、二次障害(不登校・うつ・非行)へ
つまり、検査だけして支援に活かさないのは、むしろ有害になりうるという逆説があります。
4)本来あるべき姿
海外(特に北欧・英国)では、知能検査の結果は保護者と共有し、必要であれば個別の教育支援計画(IEP)に反映させるのが標準です。
日本でも近年、通級指導・特別支援学級の判定プロセスでは保護者への説明と同意が義務化されています。しかし一斉実施の知能的テストについては、依然として運用が不透明な部分が残っています。
◼︎結論としては、
小学校での知能検査の本来の目的は学習上の困難を早期発見して支援につなげることですが、非公開という慣行によってその目的が骨抜きになっている、というのが実態です。「検査して結果を引き出しにしまう」という構造が、境界知能の人たちが長年見過ごされてきた遠因の一つといえます。
最後に、
このボーダーを発見するのは、非常に難しいでしょう しかし、入社試験も実施しない様な会社組織には、こんな人が良くいるのですが、人が良い人だと単に仕事のできないごくつぶし呼ばわりでしょうが、反抗する場合にはいじめられるでしょう。
これは、会社の責任でもありますが、誰も責任を取ろうとする気持ちは皆無です。
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・【書籍紹介】 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ 宮口幸治(著)
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