【映画紹介】 ミッドウェイ( Midway)を観てきました。 

2020年9月26日(土)、
コロナ禍の中、半年ぶりですが、札幌駅のシネマフロンティアにて「ミッドウェイ」を観てきました。

いつもなら、月1のペースで映画を観ていましたが、何を心配していたのかよくわからないのですが、映画館の大スクリーンで観たいものは観たいのです。 この映画も、映画館で観た方が良い映画の1つでしょう。

夜、9時頃からの上映でしたので、観に来ている人は十数人しか居ませんでした。 土曜日の夜ですのでもう少し観客が居ても良いのですが、まるで貸し切りのような感じでした。

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1.戦争ものの映画を観たくなるのは、なんでなんでしょう?

ミッドウェイ』が題材になるのは、太平洋戦争中(1942年12月の真珠湾攻撃)後の1942年にミッドウェー島付近で行われたミッドウェー海戦を題材にした映画なのです。

過去には、1976年にアメリカが制作した同海戦を題材にした戦争映画『ミッドウェイ』もありますが、今回の映画は、「インデペンデンス・デイ」などで知られる「ローランド・エメリッヒ」監督の作品です。

特に、対空射撃を受けながら、艦上に爆弾を落としに行く、米軍の戦闘機のシーンが強烈です。 ギリギリの高度まで降下しなと、ミサイルではないので「爆弾」が、艦に着弾しないのです。

日本軍のゼロ戦は最後、「爆弾」を着弾させるのではなく、機ごと艦に突入するのですが、何だか、この方が簡単なように思います。 米軍のボンバーは、着弾させて、逃げてゆきますので、ある意味高度な操縦技術です。

ギリギリの高度まで降下してゆく途中、対空射撃で弾が当たるか、当たらないかは、奇跡に近いものがあります。

アメリカ側の作品ですので、「ゼロ戦」の姿は、期待していたほど無いのですが、アメリカ側の戦闘機からのドックファイトも描かれています。

完全に戦いが、真珠湾攻撃からたミッドウェー海戦まで、時系列で描かれていて、作品としては良いのではないでしょうか。

2.「窮鼠猫を噛む

歴史は、不思議なもので、開戦前、山本五十六が「日本を追い込まないでくれ」と米側の外交官に言っていましたが、先に噛みついた(真珠湾攻撃)のが、日本軍で、猫に噛みついたのではなく、噛みつかされてれてしまったという諸説もあります。

この時代はすでに、米軍の電波を傍受して「暗号を解読」する技術が長けていたのです。

ミッドウェー海戦などは、完全に情報戦で、動きが読まれていたのです。 米国の上層部は「真珠湾攻撃」を知っていたと言う説もありますが、いずれにしても、最も戦うべきではない相手との戦いが始まってゆきます。

最悪なのは、

日露戦争以来、調子こいた日本の軍部の「サイコパス」どもは、第二次世界大戦でも、米国に勝てるはずのない戦いを強いて、大勢の国民の命を奪ってしまいました。

窮鼠猫を噛む」という言葉がありますが、中国に進出して、イケイケドンドンの状態で、確かに石油は米国に依存していたが、敵に追い詰められた状況にある「ネズミ」でしたのでしょうか? 「猫」の領土に手を出したせいでしょう。

日本軍は、調子こきすぎた「ネズミ」だったのは間違いないでしょう。

真珠湾攻撃」で、米国人を怒らせてしまった日本が悪いのか、そんなことはどうでも良いのです。米国が、日本と闘うきっかけを作ってしまったことだけは確かです。

ここにも「民意」が見え隠れし、米国の民意を操作する絶好の機会だったのでしょう。 リメンバー・パールハーバーは、今でも生きていますので。

1)「恨み」の仕返しは「何千倍返し」をしても正義になってしまう

日本側から見ると、真珠湾攻撃は、軍艦に対する攻撃で、広島、長崎の様な一般市民の住む都市を攻撃したのとは訳が違うように思いますが、米側からすれば、軍事施設への奇襲攻撃と一般人の住む場所への「原爆投下」を同等と考えている所が理解できない所でもあります。

「仕返し」は倍返しと言いますが、ドラマ「半沢直樹」の様に「百倍返し」をしても、後の祭りになるのです。

やり過ぎの「何千倍返し」をしても、「正義」になってしまうのです。

2)「窮寇(きゅうこう)は追うことなかれ」

類似語で、孫子の教えで「窮寇(きゅうこう)は追うことなかれ」という言葉があります。

「たとえ敵であっても窮地に陥ったら逃げる道を与える」という意味があります。

第一次世界大戦の終結後、敗戦国ドイツに多額の賠償金を課して、経済的に追い込んでしまったお陰で、ヒットラーの様なバケモノを国民自身が担ぎ上げてしまった過去もあります。

3)「金持ち喧嘩せず

逆な例として、
国民レベルでは「金持ち喧嘩せず」という言葉がありますが、なぜでしょう?

簡単です。
何も背負う物が無い人間は、全力で相手に仕返しをして来るからです。それが怖いので喧嘩しないのです。

自分の財産を守るために喧嘩しないだけで、「くそったれ!」と思う心は、同じなのです。

3.愚かな「大衆」が、なぜ、戦争に巻き込まれるかを「語り継ぐ」べきなのです。

日本も、敗戦記念日が、近くなると、「戦争の悲惨さ」を語り継ごうとしますが、本当は違うでしょうと言いたい。

愚かな「大衆」が、なぜ、戦争に巻き込まれるかを「語り継ぐ」べきなのです。

戦争の悲惨さを語り継ぐのではなく、戦争を起こさないよう、世の中の多勢に無勢のバカ共を少しでも減らす努力です。

それができないから、同じことを繰り返すのですが、「無知は罪悪なり」という言葉の重みが無いのでしょう。

鬼畜米英」と叫んでいた当時の国民はどこに行ってしまったのでしょうか? もう逝ってしまったか。。。。生きていたら、ちゃんと説明してほしいものです。

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