正月三ヶ日、家の中で、グダグダと過ごしていると、そろそろ飽きてきます。街に出て、スタバのコーヒーでも飲みに行こうか迷っています。

2021年1月3日、
本日のお題は、正月三ヶ日、家の中で、グダグダと過ごしていると、そろそろ飽きてきます。街に出て、スタバのコーヒーでも飲みに行こうか迷っていますが、結局、来てしまいました。

本年度、初のフラぺは、「アールグレイ ハニーホイップ フラぺチーノ」です。

娘たちが、ちゃんと牛の絵を描いてくれています。

夕方6時過ぎの札幌駅周辺の人出は、3日ですが、そんなに人は居ない様に感じます。

さすがに3日間家にこもるのは、もう限界ですね。テレビを観たり、書籍を読んで過ごしていましたが、もうやることが無いので、たまには、テレビを観ていた感想でも、ブログに記載してみましょう。

▮箱根駅伝

箱根駅伝も終了して、創価大学は、もう少しで総合優勝できるはずでしたが、10区最後、駒沢大学に、追いつかれ、並ばれた瞬間、気持ちよく、すっぱ抜かれてしまいました。まるでパワーの違うクルマに追い越されたように、鮮やかでした。

駅伝を2日間、観ていて感じたのは、今年は、1年生の活躍と、4年生で最初で最後の選手となった若者が多かったように思います。 去年は、靴のせいで区間記録が出て速かったのですが、今年は無理かと思っていたら、あの靴が無くても、やはり速いのです!!!

<私のマラソン感>
流氷の接岸する田舎町で暮らしていた中学生の頃、運動会のマラソンで、最後グラウンドに帰ってきてから、毎回、10人位抜いてゴールするのですが、先生に「どうして、お前は、グラウンドに帰ってきてから追い越すんだ、その前に抜け!!」と言われていました。 短距離走は1位でゴールする自信があるので全開で走るのですが、マラソンの場合は得意な生徒も居るのです。 自信が無いと初めから頑張る気が起きないです。 ですが、最後の200m位だけは、一応、必死で走るのです。 意味不明でしょうが、見栄っ張りで、本当は速いのだという事を誇示したいだけです。

マラソンの順位は2桁台で良いのです。 一番を取れる競技だけは頑張るのです。ちなみに、中学で冬のスキー大会(リフトも無い)で、全学年、スキー靴を履いたまま、100mくらいの距離を「山登りする競技」があったのですが、1年生の時から、3年生を蹴散らして、ぶっち切りで優勝でした。

小学校で170Cm以上の身長と、中学生になると、冬は、スピードスケート、スキー(リフトの無いスキー場ですので登るのに足腰が鍛えられる)、夏は、海で水泳(泳ぎは手段で、潜って「ウニ」と「ツブ」取りが目的)、学校では陸上競技、柔道と、頭の中が「脳みそ」ではなく、「筋肉」でしたので、仕方ありません。

「バカは、風邪を引かない」と、よく言われていましたが、このように極寒の地で、小学1年生から中学2年まで暮らしていましたので、未だに、15年に1回くらいしか、熱を出して休みません。 やっぱり、人間ではないように思います。

コロナ禍、不安や恐怖心は、ほぼありません。 死ぬときは死ぬのです。 この歳まで来ると「延命処置」は不要です。

「命」根性は、そんなに汚なく無いのですが、ロボットですので。。。昔、大病をしましたが、丈夫な体で産んでくれた親に感謝です。

自分の話は、さておき、コロナ禍で、箱根駅伝に向けての選手たちの努力と、それぞれの思いがあるでしょうから、「お疲れ様」としか言いようがありません。

マラソンで1位を取るつもりは無いが、タスキを繋ぐなら、仲間の為に頑張れると思います。

どの選手も「よく、頑張りました!」ですね。

東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト

▮楽しみにしていたのが、2日の21時から放送された、逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!でした。

どんな構成にしてくるのか、楽しみにしていましたが、「出産、子育て、夫婦別姓、育休、介護、LGBT」など、一番身近な社会問題を多数ぶち込んできました!! ちょっと、ぶち込み過ぎです。

このドラマの設定は、「みくり」ちゃんも「平匡」君も2人とも、「ハイスペック」なカップルなので、決して世の中の一般の男・女と違うのですが、2人とも「普通の家庭」で養育されて大きくなった例ではないかと想像してしまいます。

つくづく思うのが、「普通の家庭」って、最近はそんなに多くないのです。

「ハイスペック」な人達は、全部ではないが、ロボット(人口知能)の様な人間が多い傾向があるのですが、2人とも普通の家庭で養育されて大きくなったので、悩みながらも、成長して行けている姿が好感を持てるのでしょう。

ロボット(人口知能)の様な人間と言いましたが、知能の高い人間は、どうしても、ASD(自閉症スペクトラム症、昔の云い方をすれば、アスペルガー症候群、高機能自閉症)の傾向が強いのですが、育った環境が、DV、ネグレクトが発生していたり、チンピラみたいな素行の最悪な親に育てられていると、「悪魔のロボット」の様に、まるで「サイコパス、ソシオパス」の様な、人格障害を背負った様な大人になってしまう事もあります。

また親もグレーゾーンの「発達障害」を抱えていれば、「毒親」になりがちで、子供は「愛着障害」を起こしてしまう場合も多々あるのです。

育った環境が良いと、このドラマの様に、お互いに、理解する、歩み寄る、認識を持てるように、学習して行けるのだと思いますのでほっとします。

子供ができた時の様子をドラマの中でやっていて、平匡君の「塩対応」という言葉が出てきましたが、私の場合は、長女が生まれる時も、本当に、ダメで、最低な夫だったように思います(長女は、結局、帝王切開で生まれましたが、生まれる前、待っている間、私の場合、洗車場で、クルマを洗車していました!)。手術ですので、私の同意が必要でしたが、肝心な時にバカ親父が居ないのです。

子供を授かり、産むまで、どれだけ、女性が大変なのか。。。。

数年前、NHKのドラマ10で「透明なゆりかご」というドラマがありました。産婦人科医院で、清原果耶ちゃん演じる「看護師見習い日記」なのですが、命のはかなさ、大切さ、女性にとって出産は命がけなのだ。と言う事をこのドラマを観て初めて実感した次第で、「クズ親」を自認した時でもあります。

このドラマ(逃げ恥)でもそうですが、私の場合「クズ親」というより「クズ夫」を自認した瞬間でもあります。 このように、なんでダメなのか、私だけでしょうか?

現在は、女性が子供を授かり産むまでの、脳の仕組み、体の仕組みをほかの人よりは、はるかに理解できていると思いますので、「頭」では理解できているのです。

このように、何か、ドラマを観たり、書籍などを読んで認知、体感できないと、気づかないほど、この大切な「人の思いを汲み取る」ことができないのです。

過去のこのドラマの演出で、最高に笑ってしまうシーンは、若い頃、私も同じだった、まどろっこしい事柄なのです。どうしてそんな風に感じるのか、そんな事が「分からない」のかで、苦笑してしまうのです。

ですので、過去、若い頃、私に付き合ってくれた可愛い子たちに言います。「全部、私が悪かった」。。。と言いましょう。

人に共感できるか、できないか、と言われれば、未だに出来ない様に思います。 但し、「詐称」する事だけは、上手くなった様に思います。

確実に、「共感力」が、ほぼ無いのです。

共感力と言っても、「認知的な共感力」、「情動的な共感力」と2種類あるのですが、「サイコパス」と同じように「情動的な共感力」が、かけている様に思います。

認知的な共感力」、「情動的な共感力」とは?  自分で調べてね。。。。

認知的な共感力」は、年齢を重ね、生きている間に、色々な経験、失敗を重ねると、ある程度、身に着いてくる様に思いますが、「情動的な共感力」だけは、脳の配線が普通でないのか、本質的な部分で中々身に付かないのです。

人が苦しんでいる時に「何とも思わないのです」。「痛いよねー」という、自分にも投射するその心が無いのです。 せいぜい「自業自得でしょう」くらいにしか思えないのです。

過去に、私の記事に対するコメントで「自罰的ですね」と云う記載がありましたが、正にその通リではないでしょうか。 私の本質的な部分を見抜かれたコメントでした。

「ありがとう。 褒めてくれて!」としか思いわない所が、サイコパスなのでしょう。

さっきから「サイコパス」と言っていますが、サイコパスは連続殺人鬼だけではありません。

このように、人気のドラマを観ていて、「出産、子育て、夫婦別姓、育休、介護、LGBT」など、一番身近な社会問題を表現している様に思いますが、設定人物のキャラクターをよく観察すると、現代社会の「脳」の配線の違いも透けて見えてきます。

そこが、胸キュンドラマの要素もくわえて、面白く、構成されている様に思いますので、私が観ていても、楽しく思うのですが、「ニューロ・ダイバーシティneuro(「脳・神経」)、diversity(「多様性」)」の観点で観ると、より面白いでしょう。

補足說明>——————————————
「サイコパス(反社会性人格障害)」と「ASD(自閉症スペクトラム症)」の違い

人格障害の一部と、発達障害の「ASD」を比較すると、ちょっとおもしろいことが分かります。

▮サイコパス(反社会性人格障害)の最大の特徴は、「良心の呵責」が無い事です。
一方、「共感力」が無いと誤解されがちですが、「情動的な共感力」は確かに無いのですが、「認知的な共感力」は、むしろ有るのです。だから、認知的な共感力を利用して人を騙せるのです。

▮ASD(自閉症スペクトラム症)は、グレーゾーンの人も含めて。
「情動的な共感力」は有るが、「認知的な共感力」が無いのです。だから、空気が読めないのです。「空気を読む」為の心の配線が無いのです。 これは、「ADHD(注意欠陥多動障害)」もほぼ同じような特徴をしています。 特徴の違いは、他にも有りますが。

サイコパス的傾向を持った人は、世の中に、数パーセントですが存在すると言われていますし、殺人鬼だけではないのです。 企業の経営者、外科医、弁護士などが、サイコパス的傾向が強い人たちなのです。 また、知能がそんなに高くないサイコパスも、もちろん存在するようです。
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